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TAKE BACK THE HEA(R)T

A Layer under the Layer

dig進捗001

ぼちぼち読んだ論文のレビューをさせていただく。(ヒテリス並感)

「今更?」うるせぇしばくぞ

 

傍観者をも巻き込む CGM ――ニコニコ動画の事例から

seijo.repo.nii.ac.jp

テーマ:ニコニコ動画

要旨

wikiナレッジコミュニティ(例:appleのフォーラム)などの旧来のCGMではすべての閲覧者が等しく参加できるかといえばそうではなく、積極的な発言者と純粋な閲覧者に二分されていた。後者が何か感想を発することができたとしても、前者間の議論の争点にそれが関係してなければ「外野の意見」として議論に加わることができない。

それを動画上に流れるコメントや編集可能なタグとして拾い、全ての閲覧者の総参加を可能にしたのがニコニコ動画である。

旧来のCGMと(新しいCGMの代表例としての)ニコニコ動画を、参加者の包括性という軸で比較した論文(というより「研究ノート」)。

 

旧来のCGMはコミュニティを設置する管理者・記事投稿を行う投稿者・発言や編集に参加しない、あるいは記事へのコメント程度に参加が留まる純粋な閲覧者というふうに、ユーザ役割は分離されている。

(この中で「SNSCGM の機能を複数組み合わせて成り立っているので,SNS 単 体のユーザ行動と役割の分類は出来ない。」という記述があり、興味深い。)

ここで挙げられているのはwiki、ブログ、口コミサイト、初期の動画サイト。

いずれも作成されたコンテンツにコメントを添える程度の干渉機能は付随している一方で、それが元のコンテンツそのものを変化させる作用は持ち合わせていない。閲覧によるアクセス数の増加といった行動も同様である。

 

一方ニコニコ動画は、閲覧者の使うコメント機能、投稿者の使うタグ機能を、それぞれその役割を曖昧にさせる仕様にしたことで旧来のCGMと自らを差別化した。

投稿されたコメントが投稿時間という時系列に基づき、ユーザーが視聴する動画の「上」に直接流れる機能が異なる時間で見る閲覧者同士に擬似的なリアルタイム視聴体験をもたらしている他、投稿者が動画投稿後に補足やあるいは視聴した閲覧者同士のコメントでのやり取りへの参加をするという形でコメントを投稿することができる。

一方タグ機能では本来動画群の整理に用いられるメタデータとしてのタグが閲覧者のタグ編集によってさながら書籍の帯の如くその動画のコピー文が作成されたり、実際に視聴していないとその意味がわからないネタ的なタグが付与されることもある。対して投稿者は自分の動画がより多くアクセスされる為にジャンル名等の整理用のタグを付与、閲覧者に編集されないようそのタグを保護することができる。

 

しかしニコニコ動画にも、ご存じのとおり排他性を多分に含めている。

閲覧者は自由にコメントできるように見えて、その動画の「空気」に合ったコメントをするよう求められている。「空気」に合わないコメントには非難が集まることもある。そしてそのような「空気」に合ったコメントは、その動画群に馴染みのない人々に強烈な違和感を覚えさせることもしばしばで、適切なコメント投稿の為には、ニコニコ大百科の該当する記事や、そのコミュニティのwikiの閲覧によって「勉強」する必要を迫られることがある。(これが2chだと「半年ROMれ」ということになる)

ニコニコ動画含む今後のCGMには、すべてのユーザにできることを自由にするだけでなく、過剰な身内意識をもたせないコミュニティ形成が今後の課題となっていく。

 

 

・・・・・・あ~こういう研究してぇ~

wikiを研究対象・・・・・・いいねぇ~(語彙力の低下)

いやすればいいんだけどね

でもこれ研究論文じゃなかったね

あとちょっとニコ動の説明の箇所で僕の言葉で説明しようとしてる時点で要旨になってないねやばいね