TAKE BACK THE HEA(R)T

A Layer under the Layer

苺ましまろの美羽について。

 

彼女のやんちゃぶりとか理不尽なわがままぶりを見てると、

・かまって欲しいんだなーかわいい→25%

・こんんんのクッッソガキ→5000兆75%

位の複雑な思いを抱く。

 

 

話を変えて、自分自身の話をしよう。

 

元来、僕は小学生の時から、……

 

いや、小学生の時"は"、自分で決めた勉強スケジュールを寸分たりとも狂わさず遂行したり、ゲームは1日1時間と親に言われていないにも関わらずそう自分を律していた。

 

自分を律することが何よりも素晴らしいことなのだ、と幼心に考えていたことなんだろう。

 

しかし中学、高校と時を経るにつれ、なんやかんやで自分を律していくのが難しくなる。しかし、小学生の時に律することができていた、という"成功"にしがみつき、その破綻を認めようとしなかった。

 

なんとか律しようとする自分の存在とは裏腹に、興味のある(大抵は非生産的な)ことが加速度的に増えていくにつれ、好き勝手にワガママやりたい自分が膨れ上がっていったが、律しようとする自分、いや、"彼"は、それを否定し、抑え込み続けていた。

 

二人の間の溝はますます大きくなっていき、いつしかどちらが自分だったのかがわからなくなってしまった。"分裂"、とでも言えようか。

 

何がしたいのかもわからない。

何をすべきかもわからない。

わかったところで、分裂で疲弊した心身には何かをやる気力が湧かない。

 

 

明日の光を感知しようとする機能を失った目で、丑三つ時も過ぎ去った時間に、最近(2017/02くらい)知った『苺ましまろ』を何かに取り憑かれたかのように眺める。

 

そこで現れる美羽という赤い服を好んで着る女の子に抱く、前述の「こんんのクッッソガキ」という思い。

 

それはそのまま、何をやりたいのかを知っているワガママな自分への、手懐けることができないが故の憎悪が、投影されていたのかもしれない。

 

 

もうふらふらと漂い続けるにはいかなくなってきたこの節目。敢えて、耳を傾けることがこの袋小路から脱する最も最短の方法なのでは、と思い始めていた。