TAKE BACK THE HEA(R)T

A Layer under the Layer

dig進捗002

おっ今日はすんなり入れそうだなと思ったのも束の間、
SCRAPの発表について色々深追いしてる内に、
「「求める位なら自分で作れ」って安易に言うか普通???!!!???」
とまた一人で勝手にキレてしまい時間ロスになりましたが私は元気です

あとこの記事からMarkdownでの記述に試みてます


ニコニコ動画はいかなる点で特異なのか

「疑似同期」「N次創作」「Fluxonomy(フラクソノミー)」

元記事

テーマ:ニコニコ動画

要旨

ニコ動関連の研究でよく取り上げられる濱野智史氏の著書『アーキテクチャの生態系』からの派生文献。

「疑似同期」はバラバラの時間帯に投稿されたコメント群を再生時間のどのタイミングで投稿したかという時間軸で動画と共に閲覧できることで、あたかも他の視聴者と一緒に動画をリアルタイムで見ているような擬似的な体験を得られるということ。

「N次創作」はある動画の派生作品として別の動画が作られ(ここまでは「二次創作」)、その派生でさらに別の動画が作られ・・・と一つの動画から連鎖的に、コンテンツ創作が行われていく現象のこと(ボカロ曲→歌ってみた→合唱)(例のデレマス合作→BE MY BABY→一人合作→一人合作オールスター)(ほんへ→クッキー☆→登場声優にフォーカスした合作→単品動画/素材配布)。N次創作については、ニコニコ動画(とその関連サービス)特有の現象とされ、同じ動画サイトであるYoutubeでは二次創作は起きてもN次創作は起こらないと濱野氏は比較されている。その理由としては、「海外では、日本に比べてオタク文化・同人創作文化がそれほど強くは根づいていない」からだと考察されている。 この理由の補強として使われているのは東浩紀氏の「データベース理論」。

しかし、ニコニコ動画の普及以前に数百万人単位もの日本人がYoutubeを使っていた。にも関わらずYoutubeではN次創作は起こらなかった。
そうなると、ニコニコ動画の環境設計(アーキテクチャ・デザイン)にN次創作が芽吹いた土壌を見出すことができそうだ。

ということで3つ目の概念が「フラクソノミー」。濱野氏が従来から使われている「フォークソノミー」を元に新たに提示した概念である。

ニコ動のタグ機能はご存じのように、投稿者も視聴者も自由に新規タグの作成、既存タグの編集・削除ができる仕様として使われている。しかしタグはまったく自由に付け替えできるものではなく、投稿者に権限として与えられたタグロック機能によって整理やアクセス数増加に必要なタグを保護することができるようになっている。また、タグは無尽蔵には増やせず、最大でも10個までと決められている。

このような上限数と保護枠の設定といった制約は、タグの編集合戦が起きた際により有益なものが残るよう、淘汰を起こすためではないかという別の文献の指摘がある。

(ちなみにタグ機能というものは2000年代中盤(「Web 2.0」)以降に多くのサービスで実装されるようになった比較的新しいものである。)


・・・ちょっとこの文献までフラクソノミーについて続くけど量子力学の域に入っちゃってるのでこの辺で・・・